2009年12月11日金曜日

年末・年始

久々の日記です。「日記って毎日書くから日記ですよね?」と先日も鋭い突っ込みを入れられた。全くその通りです。はい。ブログのネーミングを間違えたかも知れません。

毎年紅葉シーズンが終わる12月,街中が忘年会やクリスマスと賑わう頃ともなるとラッシュには静寂が訪れ静かで穏やかな時間の中、ゆったりとジャズのレコードの音だけが響く。まあ要するに暇なのだ。
そして迎えるお正月、ラッシュは初詣帰りのお客様が多くてオープン以来毎年元旦から営業している。21年も続けていると「初詣の帰りにはあの店に寄ってコーヒーを飲んでから帰る」と言うのも恒例化して毎年正月だけ来るお客さんもいたりする。それと同様に大文字の時だけだとか、古本市の時だけなんて言うお客さんもいて、小さな店内にも歴史の積み重ねがあると関心する。

さて、今年もチェロリストのエリック・マリア氏が来日すると聞き何とか昨年同様コンサートが実現できないものかと懇願した所、1月2日にドキュメンタリー映画「ご縁玉」上映とチェロコンサートが行われそうな兆しだ。
昨年の衝撃的な感動を今年はより多くの方に味わって戴ければと思う。
場所はほぼ決まっている、と言う程度。チラシもチケットもまだだが、人数に限りがあるのでご希望の方は是非ラッシュまで。
エリック氏に関しては以前書いた出町柳日記を参考までに読んでもらえればと思う。http://lushlifechaki.blogspot.com/2009/01/blog-post_14.html

暇な年末を利用して今年は12月26日(土)~29日(火)まで冬休みにします。
1月2日は夕方まで営業してその後ダッシュでコンサート会場に行くつもりだ。(予測ではコンサートは夜だろう。いや、夜であって欲しい!)

2009年10月30日金曜日

ラッシュライフからのお知らせ

11月3日(火)は文化の日の祝日の為、営業します。
翌日の4日(水)を代休させて戴きます。

2009年10月18日日曜日

これでいいのだ

赤塚不二夫自叙伝「これでいいのだ」をお借りして読んだ。
ご存知、天才バカボン、ひみつのアッコちゃん、おそ松くんなど数々の傑作を書いた漫画家だ。
この自叙伝は戦時中満州での辛い出来事や彼のご両親の事、少年時代の悪がき仲間との想い出、そして漫画との出会いなどが書かれている。
少年時代とは戦後の物が何も無かった時代の事だ。柿畑に行けば柿を袋に詰められるだけ詰めてかっぱらう、芋畑に行けば芋を、栗畑に行けば栗を、といった具合にだ。ある時ドジをふんで警察に通報され捕まった。深夜12時近く現れたかあちゃんは「すみません」と頭をさげるばかりである。「今日は帰ってよし!」そしてようやく放免となるのだが、窃盗容疑で補導される事、実に5回。おまけにその警察の防犯室から本まで盗んで帰ったそうだ。こんなハチャメチャな経験が後に天才バカボンやおそ松くんを生んだのだろう。
「作品や登場人物は作家の投影でなくてはならない」とキャッチャー・イン・ザ・ライの作者のサリンジャーは言っている。そして同様に天才バカボンの作者、赤塚不二夫の人生はバカボンとしての人生を全うしたのだろう。

さて、私の16歳の息子が小学校時代の同級生三人と出身小学校の屋上で景色を見ながら語ろうという事になったそうだ。
こう聞けばフムフムいい話やん。と思うが、時間は深夜2時、当然閉まった校門の横のフェンスをよじ登り非常階段を上がっての屋上だ。同級生のN君は地声が大きく、おおらかな性格の持ち主だ。しかし今回はそれが裏目に出た。深夜小学校の屋上から大きな話し声が聞こえれば「なんや?」と怪しまれるのは当然の事。近所の住人の通報であっさり警察に捕まった。今年の5月の出来事である。

赤塚不二夫自叙伝なら親が警察に出向いて深々と頭を下げ、息子にはゲンコツでポカンと頭を殴りつけて二度と警察のご面倒にはなるんじゃないよ、と言い、再度頭を下げながら後ろずさりで警察を出る。って所なのだろうが、しかし現実はと言うと、三度の警察出頭で膨大な数の調書を取られ、昨日は家庭裁判所に親同伴で行ってきた。

「たかがこれくらいの事で、とは思わないで下さい。これはれっきとした犯罪行為なのですから。」
裁判所で50歳代後半の温厚そうな男性調査員の方にこう言われた。その他幼少の頃からの性格や生い立ち、家庭内での状況などを細かく聞かれる。
最後に誓約書に一筆とサインを書く段になって何故か息子は書かないと言い張る。
そう言えば最初に彼が入学した高校は京都北部にある全寮制の府立高校だったのだが、朝は6時に起床、全ての事柄に規則があり違反すると全体責任が科せられる。そこでは入学前に随分たくさんの誓約書を書かされた。それがトラウマになってしまったのだろうか?とにかく彼が言うには「生きていけば人に迷惑もかけるだろうし、法律に反する事を一切行わないという保障は何も無い。未来のまだ起こりもしない事に誓約などできない。」と。しかしこれを書かねば裁判に持ち込まれる事になると言う。押し問答の末、何とかサインだけを書きようやく放免された。

息子は今年再入学した公立高校を又も辞め、今月から単位制高校に転校した。これで三度目の高校一年生である。
「これでいいのだ」と言えるようになるまで、随分長い険しい道のりがまだまだ続きそうだ。

2009年9月6日日曜日

ラッシュライフからのお知らせ

近頃めっきり秋らしくなってきました。今年は栗が豊作らしく、もう何度も栗タルトを作りました。梨もイチジクも美味しい!やっぱり食欲の秋です。

この所レコードがドンドン入荷しています。中には市価の半額以下とかなりリーズナブルな価格のモノもあります。興味のある方は是非お店に見にきて下さい!!

9月22日(火曜日)は営業し、23日(水曜日)を代休します。 ヨロシク!

2009年8月12日水曜日

ライ麦畑の迷子たち

「1Q84」に続いて村上春樹シリーズで「The Catcher in the Rye」を読んだ。これはサリンジャーの名作「ライ麦畑でつかまえて」を40年ぶりに村上春樹が再翻訳したものだ。
この本は主人公ホールデンが高校を退学させられてから家に戻るまでの3日間の出来事を綴った内要なのだが、淡々とその出来事が書かれている中に彼自身の人間性、性格、思考、何ともやるせない想いと何気に傷つけられる先生からの言葉、そして最後に彼を救うまだ幼い彼の妹の事が書かれている。
「結局世の中の全てがきにいらないのよ、気に入っている物一つでもあげてみなさいよ」とその妹に言われて答えるホールデンの答えは「だだっぴろいライ麦畑みたいなところで、小さな子供達がいっぱい集まって何かのゲームをしている所を僕はいつも思い浮かべちまうんだ。何千人もの子供達が居るんだけど他には誰も居ない。つまりちゃんとした大人みたいなのは一人もいないんだよ。僕のほかにはね。それで僕はそのへんのクレイジーな崖っぷちに立っているわけさ。で、僕がそこで何をするかっていうとさ、誰かその崖から落ちそうになる子供がいると、かたっぱしからつかまえるんだよ。つまりさ、よく前を見ないで崖の方に走っていく子供なんかがいたら、どっちからともなく現れて、その子をさっとキャッチするんだ。そういうのを朝から晩までずっとやっている。ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうのになりたいんだ。かなりへんてこだとはわかっているんだけどね。」

16歳の青年にとって誤りの無い人生の目標を持つ人など殆ど存在しないのではないかと思う。その実に不確実な年齢の中で人は自分探しをしながら人生を見つけていく。歳を重ねる中でそんな迷った時期の事は忘れてしまうものだが、その真っ只中にあるホールデンの切りとられた3日間は人が忘れてしまいがちなある時期のある想いを思い出させてくれるのだろう。
40年たった今も、私の息子の担任の先生が彼に言いそうな事や彼の友達関係があまりにもリアルでオーバーラップしながら読んでしまった。16歳の息子はまさにライ麦畑に迷い込んでいる真っ只中、そして私もついでにミイラ取りがミイラになった様に迷子状態。
しかしその迷子の状態が実は結構苦しいながらも楽しい事、先の見えない不安感をフラフラと楽しんでいる自分も又いたりする。

先日、医者でありシンガーソングライターの藤村直樹さんと隣のレンタサイクル・カリオンの店長、芝山竜介さんのライブに行って来た。
藤村さんは3日と空けず来て下さる常連客の一人で、芝ちゃんはお隣さんなので毎日顔を合わす間柄ながら、ライブを聴きに行くのは初めて。
共になかなか味わいのある歌を聴かせてくれ、何だか懐かしい気分に浸った。
力強い歌声と険しい内要の歌詞の藤村さんとは対照的に芝ちゃんの歌は決して上手いとは言いがたいながらもその人間性がにじみ出ていて聴く人皆に笑顔がこぼれる。たまにはこんなのもいい。
そんな芝ちゃんの歌は彼が学生時代に作った歌と現在のレンタサイクルのテーマソングと称する歌にあまり違いが無い。それを聴きながら「この人もライ麦畑で迷子になって遊んでる一人なのかしら?」とふと感じた。

2009年8月3日月曜日

ちょこっと夏休み

8月4日(火)、5日(水) 連休します。

子供も16歳ともなるともう親の行くところなんて当然ついて来ないだろうと思っていたら、何の抵抗も無く行く事になった。
旦那と息子は月曜の晩から滋賀の家に向けて自転車で出発。私と娘は和歌山の串本に初ダイビング。今回は男組みと女組みに分かれて別々に遊ぶことになった。

サイクリング好き、滋賀県好き、夜型生活のラーメン好き。趣味と生活パターンが似ている所が旦那と息子は相性が良いのだろう。
息子は最近では「ちょっと行って来る」と言い、ママチャリにスリッパで大原を越えてチョイと滋賀県まで行ってしまう。旦那はまだまだ元気にサイクリングも行っているが、何と言ってもアラ還だ。親子でサイクリングに行けるのも子供がついて来なくなる以前に親がついて行けなくなる方が早いかも知れない。

娘の方は先週は滋賀県の「西の湖」に旦那とカヌーにものりに行った。そして明日はダイビングとこの夏はアクティブ。普段はトローン、ダラーン、ベターンと何かにつけて行動力に欠ける所があるので少し後ろからプシュ気味に誘い出した。こちらも私が水着姿になって許されるまでだろう。いやいや既に限界ぎりぎりかも!?

2009年6月26日金曜日

梅雨の問題提起

村上春樹の新刊1Q84を読んだ。発売前から予約が殺到で増刷されたと言う話題の新作をこんなに早くに読めるのも購入されたK氏にお借りする事ができたからだ。K氏は某市立図書館に勤務されている常連客の一人で、店内でタマタマ話題に上った事でも次に来店時にはそれに纏わる本を数冊小脇に抱えて来て下さる。滅多に本を読む事のない旦那も彼が持参した本は興味のある事の本なので熱心に目を通す。実に有難い限りだ。

今回1Q84がこれ程までに話題になったのには村上春樹氏の2009年のエルサレム賞の受賞時のスピーチにも人々の注目と評価があったからではないかとも言われた。

「高くて固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」と、イスラエル軍によって1000人以上のガザ市民が命を落としたことをイスラエルのペレス大統領の面前で批判した。さらに「私たちはみな国籍や人種・宗教を超えてまず人間であり、『システム』という名の壁に直面する壊れやすい卵なのです」と語った。

「システムという名の壁に直面する壊れやすい卵」。
1Q84で取り上げられたのは戦争問題ではなくオウム真理教を思わす宗教団体的な「システム」とその「高くて固い壁」からなかなか抜けられない信者を加害者と被害者の両側面から描き、児童性虐待やDVといった社会問題も加えている。しかし内要が重くなりすぎない様に「空気さなぎ」や「リトルピープル」や「二つの月」をメルヘン調にパラレルワールドとして書き上げてある。
そして読者に問題提起をしたまま突如終わるあの終わり方は余計に1Q84に心奪われると言うか、「え?それでどうした?」ともう一度考えさせられるから、うーんさすがです。って感じ。

今週は梅雨らしく雨の日が続くそうで、こんな時にはぽけ~っとラッシュで窓の外の景色でも眺めながら考え事も乙なモンです。

2009年5月31日日曜日

始まりは弁当から

私の朝は早い。そう言う主婦友達を何人か知っている。時にはこれは朝なのか?夜なのか?と思える時間、午前4時頃だったりもする。
まず朝は弁当作りから始まる。米を研いでダシ用の昆布を鍋の水に放り込めば何故かホッとして一旦弁当作りからケーキ作りに切り替わる。店用の「本日のケーキ」をオーブンに入れて焼き始める頃に再度弁当作りに戻る。同時進行で朝食の準備と洗濯機が回りだす。ゴソゴソ子供達が起き出す頃には弁当と朝食とケーキが出来上がり洗濯物を干しに行ける。と言うのがかなり朝の理想形。更にうまくいけば子供が登校した後にブログを書く時間も本を読む時間もあったりする。

先週は新型インフルエンザ騒動で高校が休校になり、我が家の二人の高校生は突然の休みにウホウホ喜んでいた。突然無くなった弁当作りに気が抜けて親までだらしなく寝坊する日が続いた。
本来なら弁当を作る手間と時間を他に当てればうまくいきそうなものだが、弁当作りがなくなれば店のケーキも無くなり、なんとなく家の中も雑然としている。やはり弁当作りから一日は始まるのだと再確認して学校が再開されたのを機にリズムをとりもどす。

10年前まで我が家の洗濯機は二層式で、それだけでも時間と労力が全自動のそれよりも必要だった。
今は随分便利な世の中でサクサク時間通りに物事がはかどる。それでもどうしても短縮できない事柄はあり、インスタントに済ませられない物事にこそ事の重要性があるとも思う。
そして結果ではなくプロセスに面白みがあるのだと今日も朝の一時を通して感じよう。

2009年5月20日水曜日

キラキラ

滋賀県五個荘の家のトタン屋根のペンキ塗りに行って来た。
前回ゴールデンウィーク最終日の祭日に数人の助っ人もあり塗ったのだが、あいにくの雨で作業が中断したため、今回は旦那と私の二人で残り半分を塗り上げた。

建坪20坪程の藁葺き屋根の上をでトタンで覆っている田舎では良く見かける形態の屋根だ。トタンで覆えば藁葺きを葺き替える必要はなくなるのだが、5年に一度くらいはげたペンキを塗りなおす必要がある。トタンのペンキがはげてそのままにしておくと錆びてそこから穴が開き雨漏りする事になるからだ。
塗り替える度に色を変えるのも楽しみの一つになる。今回は上部がシルバー、下部がブルーのツートンカラーになった。塗りたては青空に光るシルバーの屋根がキラキラと美しい。

田植えを終えたばかりの田んぼには蛙の鳴き声も響き、その水面に夜になると月明かりが輝く。
話が前後するが5月9日の満月の夜、田に映る月を見る夜のサイクリングに出かけた。
これは毎年田植えの時期と満月の日を合わせてのナイトランの楽しみを旦那が語り、何人かで走る事が恒例になってきたのだ。
私の大好きな日本画家、池田遙邨の作品には全くこれと同じ田んぼに映る月を描いた作品がある。
彼の作品にはそれ以外にもこれはきっと滋賀県の風景に違いないと思える作品が数多くある。
時代を超えて5月の満月の日には池田遙邨氏に出会える瞬間だ。

又、この日一緒にサイクリングに行ったピアニストのHさんは月と交信を試みていた。「私猫としゃべれるの。」とさらりと話す楽しい彼女は副業にアクセサリーを作っている。キラキラ光る石を組み合わせて作る彼女のアクセサリーには不思議な力が込められていそうだ。

2009年5月15日金曜日

風景

歩きなれた道の見慣れた風景でも、ある日通ると忽然と空き地になっていたり、或いは見上げるようなマンションが建っていたりすると以前そこに何があったのか、どんな家があったのかも思い出せない事がある。
ほんの数日前の事ですらそんな具合なのだから、何十年も前がどうだったのか、ともなるとかなりいい加減な記憶になってしまう。
さりとて今現在が今後10年、20年と月日の経過とともに「あの頃は・・・」と懐かしむようになるとも思わず、案外写真の1枚も残っていない事を残念に思う事がある。

出町柳駅前も昨年から今年にかけてパチンコ屋は自転車駐輪場に、老舗の「かみ屋コーヒー店」は閉店、「眠眠」はそっくり建物ごとリニューアルしてカフェを建設中。東寿司の後は「黒猫堂」のチケットショップに。かつてサックスのDさんが住んでいた同和荘アパートは建物を生かして「カフェ&多目的スペース、風の音」に、などなど、建設ラッシュ。で、ほんの数ヶ月前まであった眠眠の建物も、写真の1枚も残っていないなーと思えば決して美しい建物であった訳でもないのだが何だか「撮っとけばよかった」と後悔する事になる。

チャリラボのO君が出町周辺の昔写真展を計画中とか。どんな写真が集まるのか今から楽しみだ。

2009年4月14日火曜日

日常と非日常

「亭主元気で留守がいい」と言うが、留守が良いのは亭主に限った事ではない。
先週からようやく高校浪人だった息子が再度高校に通うようになってホッとしている。
朝食を食べて弁当を持って8時過ぎには二人の子供が家を出かける。こんな当たり前の日常が何だか嬉しい。

アフガニスタンでの支援活動中に心無い者によって命を奪われたペシャワール会の伊藤和也くんの追悼写真展に行って来た。行って来たと言ってもラッシュライフから目と鼻の先程の距離にある「かぜのね」というカフェで行われている。http://www.kazenone.org/
子供達におなかいっぱい食べ物を食べさせてあげたい。単純に彼の原点はその一言に尽きると思う。そんな当たり前の事ができない地に水を引き、作物を育てる、という地道な活動を行ってきた伊藤君。
山から水路を造り水を引く土木工事も大変だろうが、アフガンの地に根を下ろす作物を手探りで作っていくという作業も気が遠くなる程のモノだろう。それはアフガンに伊藤君自身が根を下ろし取り組んでいかなければならないと言う決意にもつながる。そんな彼の想いは日ごとたくましくなる顔つきから汲み取れる。
彼の無念の死が無駄にならない為にも、少しでも多くの人が彼の想いを色々な方法で引き継いでいけたらと思う。写真展は19日(日)まで。是非時間のある方は行って見て下さい。

11日には初めてのなぎなたの昇段試験に臨んだ。会場は岡崎にある「武徳殿」。明治28年に建設されたこの建物の中に入るとそれだけで気持ちが自然と凛とする。実に日常の中の非日常。
今回は初めての試験で、「袴を履いてながなたを構えてたら受かるよ。」と言う先輩の言葉を鵜呑みにして気軽に臨んだのだが、実際の試験では普段の練習でやっていない課題が次々に出されて頭が真っ白。最初から最後まであがりっぱなしで終わってしまった。結果は一週間後の今日聞かされる。さてどうだか・・・?

2009年4月5日日曜日

花見日和

気が付けば時は既に4月!前回のブログ投稿から丸々3月が抜けてしまった。
今年は4月に入ってからが寒くて花見の時期が掴めない人も多いだろう。暖かかったり寒かったり雨だったり強風だったりと。そしてそのお天気に左右される仕事なだけに毎日の天気予報が気になる所だ。

気になると言えば北朝鮮の人工衛星の発射も気になる。今日なのか明日なのか、はたまた中止なのかと。
読売新聞編集手帳より
「しっかりと飯を食はせて陽にあてしふとんにくるみて寝かす仕合せ」という歌で「仕合せ」に感じているのは誰かと言えば「親」だろう。国家の主導者は国民の親も同然。国民を飢えさせ医薬品を行き渡らせることもできない国家主導者が他国をも不安に脅かすとは憤って憤りすぎることのない暴挙だ。
そしてそれが成功すれば腹をすかせた身で、あるいは病床で独裁者を称賛しなくてはならない人たちも哀れである。

本日4月5日(日)は朝から晴れ。花見日和の様だ。これが「発射日和」などとならぬよう祈るばかりだ。

2009年2月27日金曜日

旦那の不思議

さすが2月。おまけに雨の多い週で店は暇続き。ごそごそ掃除したり、新メニューを考えたり、旦那は珍しく読書をしたり。おいおいそりゃ雨も降るわ。

それでも有難いことにこの所、雑誌や新聞などの取材が多い。
以前はあんなにあったはずのジャズ喫茶が今や絶滅寸前。世の中の不景気のあおりを受けて絶滅するといけないと保護活動に乗り出した・・・のか?しかしせっかくの取材のチャンスを無駄にする訳にはいかない。
雑誌でも新聞でもその限られた数行に店側の思いと記者の思い。そしてその行間までもを読者に読ます事ができれば記事としては成功だろう。単に店の紹介で終わる訳にはいかない。そんな事を色々考え過ぎて言葉にならない私よりむしろ旦那のコメントがキラリと光る時がある。ん~これも年の功だろうか?何だか悔しい。

その他、旦那の不思議な所に「お習字がうまい」という、どうも似つかわしくない特技がある。
しかしその特技を見込まれてこれまでも何人かのお宅の表札や看板を書かせてもらった事もある。
接写に近い抽象写真も撮るが、写真でもお習字でも共通する事だと思うのだが、その構図が決め手。
用紙には見えないセンターラインがあって、上下左右、バランスのよい配置が重要だそうだ。全くの左右対称ならばシンメトリーだが、この場合は広重の版画に代表されるバランス感覚に近いのだと思う。これは旦那の実家が代々続いた日本刺繍を生業とした家の血筋だからかも知れない。

そこで旦那が一言「ジャズも同じバランスなんや。でも何故か日本のミュージシャンはセンターラインからなかなか離れられへん人が多いね。安全な所から離れられないって言うか・・・。演奏でぎりぎりの冒険で落ちる所がどのあたりかを知ればもっと大胆な演奏が出来るようになると思うんやけどな」と。
この話を聞いて、私は何一つ楽器が出来ないのであくまでも想像だが、もしも自分がミュージシャンだったらピッタリセンターライン横付けだろうと思う。予測のつかない未知の世界は恐いものだろうと思うから。
ただ、この旦那と連れ合いになった事が一番の冒険だったのかも。ああ恐ろしい~。

2009年2月8日日曜日

今年も節分

あれあれどうしましょう。時は既に2月、節分も終わり明日はバレンタインデー。2月は逃げる月と言うが、本当に時の流れが早い。

以前パートタイマーで近所のスーパーの惣菜加工部で働いていた事がある。
8時から12時までの4時間、時給820円。
主に寿司と弁当、サラダの加工をするが、時期によってはおはぎを作ったりもする。
しかし家で家族分をチョコット作るのとは訳が違い、その量の多さに最初の頃は驚きの連続だった。
巻き寿司200本、いなり寿司500個、うな重50パックにおはぎ300個作ってください。って・・・鰻まみれのあんこまみれ。もうこうなると食品が食品に思えなくなる。
で、それはいけない。やはり自分達が製品として店頭に並べる以上は責任をもって出さねば・・・と、あれやこれやと理由をつけては試食もよくした。毎日寿司食べ放題。何だかそうでもしないと自分達が気が付けば加工ロボットになってしまいそうで、そうそうチャップリンのモダンタイムスになってしまいそうな、そんな危機感すら感じる職場だった。

昨日久しぶりにその頃の同僚の人と会い、昔話に花が咲いた。いや、私にとっては昔話でも現在もその職場で働く彼女にとっては今現在の話なのだ。
いつ体を壊してもおかしくない大変な職場で繰り広げられるとんでもない加工量とドロドロの人間関係を楽しく可笑しく笑い飛ばす所はまさしくブルースの様。フランスの作家ルナール曰く「ユーモリストとは不機嫌を上機嫌にぶちまける人の事だ」と。このパートのおばちゃん達はまさしく極上のユーモリストだろう。

「血と骨」や「闇の子供たち」の作家・梁石日氏の特集番組がNHKの朝の番組でやっていた。
格差社会がますます巨大化し、底辺に暮らす人々にそのしわ寄せが集中している今、梁石日氏の目は、日本だけでなく世界に広がる深い闇を見つめ語っている。
その中においても不屈のブルース精神を忘れる事無く常に極上のユーモリストでいる事が苦境を乗り切る第一の手段。節分の頃には毎年あの職場で働いていた頃を思い出し今日も笑顔でがんばろうと心に刻む。

2009年1月14日水曜日

年越し消化不良

戴いた年賀状の返事もやれやれどうしたものかと考えあぐねていると1月も半月が過ぎてしまった。
打てば響くような俊敏な反応のできない私はどうも物事を理解し消化するのに時間が要するようだ。

と言う訳で、昨年のクリスマスイブの事になるがエリック・マリアという方のチェロコンサートに行った時の事を今頃。
大分県の中学校の保健室の先生、山田泉さんという方がいた。自身の癌と向き合いながら「いのちの授業」を行った何ともパワフルな養護教論だ。癌を発症するまでも人権学習や性教育、平和学習を行っていた。ハンセン病の方を招いたり、村山元首相を招いたり、永六輔さんなどなど多くの方を招いて授業を行ったそうだ。
そしていよいよ癌が進行して学校を辞めた後に最後の旅行先として訪れたイタリアでチェロリスト、エリック・マリア氏と出会った。エリック氏はベトナム人の戦争孤児。フランス人の両親に育てられ現代音楽の巨星ピエール・ブーレーズが設立した室内オーケストラ「アンサンブル・アンテルコンタンポラン」でトップチェリストとして活躍する傍ら、各分野のトップアーティストと世界各地で競演し高い評価を得ている。
そんな彼が山田泉さんとの出会いから自身の人生を見つめ直す旅が始まったと言う。そんな二人の出会いと人生を追ったドキュメンタリーフイルム「ご縁玉」。
クリスマスイブの夜、「ご縁玉」の上映で初めて山田泉さんを知った。そしてその後のエリック氏のチェロがドスンと心に響いた。このドキュメンタリーフイルムを見て尚の事、心に響いたのだと思う。そしてお会いする事は出来なかったが山田泉さんをエリック氏のご縁玉が届けてくれた。
二人との出会いを運んでくれたU氏もに感謝する。
山田泉さんの本『「いのちの授業」をもう一度』・『いのちの恩返し』は店で仕事の合間には絶対に読めない本。涙と鼻水でぐしょぐしょになって、やばい・・・。

2009年1月1日木曜日

明けましておめでとうございます!

明けましておめでとうございます。今年も宜しくおねがいします。

新年は一日より営業しています。(三が日は夜8時頃まで)
初詣の帰りにでもお立ち寄り下さい。