私の朝は早い。そう言う主婦友達を何人か知っている。時にはこれは朝なのか?夜なのか?と思える時間、午前4時頃だったりもする。
まず朝は弁当作りから始まる。米を研いでダシ用の昆布を鍋の水に放り込めば何故かホッとして一旦弁当作りからケーキ作りに切り替わる。店用の「本日のケーキ」をオーブンに入れて焼き始める頃に再度弁当作りに戻る。同時進行で朝食の準備と洗濯機が回りだす。ゴソゴソ子供達が起き出す頃には弁当と朝食とケーキが出来上がり洗濯物を干しに行ける。と言うのがかなり朝の理想形。更にうまくいけば子供が登校した後にブログを書く時間も本を読む時間もあったりする。
先週は新型インフルエンザ騒動で高校が休校になり、我が家の二人の高校生は突然の休みにウホウホ喜んでいた。突然無くなった弁当作りに気が抜けて親までだらしなく寝坊する日が続いた。
本来なら弁当を作る手間と時間を他に当てればうまくいきそうなものだが、弁当作りがなくなれば店のケーキも無くなり、なんとなく家の中も雑然としている。やはり弁当作りから一日は始まるのだと再確認して学校が再開されたのを機にリズムをとりもどす。
10年前まで我が家の洗濯機は二層式で、それだけでも時間と労力が全自動のそれよりも必要だった。
今は随分便利な世の中でサクサク時間通りに物事がはかどる。それでもどうしても短縮できない事柄はあり、インスタントに済ませられない物事にこそ事の重要性があるとも思う。
そして結果ではなくプロセスに面白みがあるのだと今日も朝の一時を通して感じよう。
2009年5月20日水曜日
キラキラ
滋賀県五個荘の家のトタン屋根のペンキ塗りに行って来た。
前回ゴールデンウィーク最終日の祭日に数人の助っ人もあり塗ったのだが、あいにくの雨で作業が中断したため、今回は旦那と私の二人で残り半分を塗り上げた。
建坪20坪程の藁葺き屋根の上をでトタンで覆っている田舎では良く見かける形態の屋根だ。トタンで覆えば藁葺きを葺き替える必要はなくなるのだが、5年に一度くらいはげたペンキを塗りなおす必要がある。トタンのペンキがはげてそのままにしておくと錆びてそこから穴が開き雨漏りする事になるからだ。
塗り替える度に色を変えるのも楽しみの一つになる。今回は上部がシルバー、下部がブルーのツートンカラーになった。塗りたては青空に光るシルバーの屋根がキラキラと美しい。
田植えを終えたばかりの田んぼには蛙の鳴き声も響き、その水面に夜になると月明かりが輝く。
話が前後するが5月9日の満月の夜、田に映る月を見る夜のサイクリングに出かけた。
これは毎年田植えの時期と満月の日を合わせてのナイトランの楽しみを旦那が語り、何人かで走る事が恒例になってきたのだ。
私の大好きな日本画家、池田遙邨の作品には全くこれと同じ田んぼに映る月を描いた作品がある。
彼の作品にはそれ以外にもこれはきっと滋賀県の風景に違いないと思える作品が数多くある。
時代を超えて5月の満月の日には池田遙邨氏に出会える瞬間だ。
又、この日一緒にサイクリングに行ったピアニストのHさんは月と交信を試みていた。「私猫としゃべれるの。」とさらりと話す楽しい彼女は副業にアクセサリーを作っている。キラキラ光る石を組み合わせて作る彼女のアクセサリーには不思議な力が込められていそうだ。
前回ゴールデンウィーク最終日の祭日に数人の助っ人もあり塗ったのだが、あいにくの雨で作業が中断したため、今回は旦那と私の二人で残り半分を塗り上げた。
建坪20坪程の藁葺き屋根の上をでトタンで覆っている田舎では良く見かける形態の屋根だ。トタンで覆えば藁葺きを葺き替える必要はなくなるのだが、5年に一度くらいはげたペンキを塗りなおす必要がある。トタンのペンキがはげてそのままにしておくと錆びてそこから穴が開き雨漏りする事になるからだ。
塗り替える度に色を変えるのも楽しみの一つになる。今回は上部がシルバー、下部がブルーのツートンカラーになった。塗りたては青空に光るシルバーの屋根がキラキラと美しい。
田植えを終えたばかりの田んぼには蛙の鳴き声も響き、その水面に夜になると月明かりが輝く。
話が前後するが5月9日の満月の夜、田に映る月を見る夜のサイクリングに出かけた。
これは毎年田植えの時期と満月の日を合わせてのナイトランの楽しみを旦那が語り、何人かで走る事が恒例になってきたのだ。
私の大好きな日本画家、池田遙邨の作品には全くこれと同じ田んぼに映る月を描いた作品がある。
彼の作品にはそれ以外にもこれはきっと滋賀県の風景に違いないと思える作品が数多くある。
時代を超えて5月の満月の日には池田遙邨氏に出会える瞬間だ。
又、この日一緒にサイクリングに行ったピアニストのHさんは月と交信を試みていた。「私猫としゃべれるの。」とさらりと話す楽しい彼女は副業にアクセサリーを作っている。キラキラ光る石を組み合わせて作る彼女のアクセサリーには不思議な力が込められていそうだ。
2009年5月15日金曜日
風景
歩きなれた道の見慣れた風景でも、ある日通ると忽然と空き地になっていたり、或いは見上げるようなマンションが建っていたりすると以前そこに何があったのか、どんな家があったのかも思い出せない事がある。
ほんの数日前の事ですらそんな具合なのだから、何十年も前がどうだったのか、ともなるとかなりいい加減な記憶になってしまう。
さりとて今現在が今後10年、20年と月日の経過とともに「あの頃は・・・」と懐かしむようになるとも思わず、案外写真の1枚も残っていない事を残念に思う事がある。
出町柳駅前も昨年から今年にかけてパチンコ屋は自転車駐輪場に、老舗の「かみ屋コーヒー店」は閉店、「眠眠」はそっくり建物ごとリニューアルしてカフェを建設中。東寿司の後は「黒猫堂」のチケットショップに。かつてサックスのDさんが住んでいた同和荘アパートは建物を生かして「カフェ&多目的スペース、風の音」に、などなど、建設ラッシュ。で、ほんの数ヶ月前まであった眠眠の建物も、写真の1枚も残っていないなーと思えば決して美しい建物であった訳でもないのだが何だか「撮っとけばよかった」と後悔する事になる。
チャリラボのO君が出町周辺の昔写真展を計画中とか。どんな写真が集まるのか今から楽しみだ。
ほんの数日前の事ですらそんな具合なのだから、何十年も前がどうだったのか、ともなるとかなりいい加減な記憶になってしまう。
さりとて今現在が今後10年、20年と月日の経過とともに「あの頃は・・・」と懐かしむようになるとも思わず、案外写真の1枚も残っていない事を残念に思う事がある。
出町柳駅前も昨年から今年にかけてパチンコ屋は自転車駐輪場に、老舗の「かみ屋コーヒー店」は閉店、「眠眠」はそっくり建物ごとリニューアルしてカフェを建設中。東寿司の後は「黒猫堂」のチケットショップに。かつてサックスのDさんが住んでいた同和荘アパートは建物を生かして「カフェ&多目的スペース、風の音」に、などなど、建設ラッシュ。で、ほんの数ヶ月前まであった眠眠の建物も、写真の1枚も残っていないなーと思えば決して美しい建物であった訳でもないのだが何だか「撮っとけばよかった」と後悔する事になる。
チャリラボのO君が出町周辺の昔写真展を計画中とか。どんな写真が集まるのか今から楽しみだ。
2009年4月14日火曜日
日常と非日常
「亭主元気で留守がいい」と言うが、留守が良いのは亭主に限った事ではない。
先週からようやく高校浪人だった息子が再度高校に通うようになってホッとしている。
朝食を食べて弁当を持って8時過ぎには二人の子供が家を出かける。こんな当たり前の日常が何だか嬉しい。
アフガニスタンでの支援活動中に心無い者によって命を奪われたペシャワール会の伊藤和也くんの追悼写真展に行って来た。行って来たと言ってもラッシュライフから目と鼻の先程の距離にある「かぜのね」というカフェで行われている。http://www.kazenone.org/
子供達におなかいっぱい食べ物を食べさせてあげたい。単純に彼の原点はその一言に尽きると思う。そんな当たり前の事ができない地に水を引き、作物を育てる、という地道な活動を行ってきた伊藤君。
山から水路を造り水を引く土木工事も大変だろうが、アフガンの地に根を下ろす作物を手探りで作っていくという作業も気が遠くなる程のモノだろう。それはアフガンに伊藤君自身が根を下ろし取り組んでいかなければならないと言う決意にもつながる。そんな彼の想いは日ごとたくましくなる顔つきから汲み取れる。
彼の無念の死が無駄にならない為にも、少しでも多くの人が彼の想いを色々な方法で引き継いでいけたらと思う。写真展は19日(日)まで。是非時間のある方は行って見て下さい。
11日には初めてのなぎなたの昇段試験に臨んだ。会場は岡崎にある「武徳殿」。明治28年に建設されたこの建物の中に入るとそれだけで気持ちが自然と凛とする。実に日常の中の非日常。
今回は初めての試験で、「袴を履いてながなたを構えてたら受かるよ。」と言う先輩の言葉を鵜呑みにして気軽に臨んだのだが、実際の試験では普段の練習でやっていない課題が次々に出されて頭が真っ白。最初から最後まであがりっぱなしで終わってしまった。結果は一週間後の今日聞かされる。さてどうだか・・・?
先週からようやく高校浪人だった息子が再度高校に通うようになってホッとしている。
朝食を食べて弁当を持って8時過ぎには二人の子供が家を出かける。こんな当たり前の日常が何だか嬉しい。
アフガニスタンでの支援活動中に心無い者によって命を奪われたペシャワール会の伊藤和也くんの追悼写真展に行って来た。行って来たと言ってもラッシュライフから目と鼻の先程の距離にある「かぜのね」というカフェで行われている。http://www.kazenone.org/
子供達におなかいっぱい食べ物を食べさせてあげたい。単純に彼の原点はその一言に尽きると思う。そんな当たり前の事ができない地に水を引き、作物を育てる、という地道な活動を行ってきた伊藤君。
山から水路を造り水を引く土木工事も大変だろうが、アフガンの地に根を下ろす作物を手探りで作っていくという作業も気が遠くなる程のモノだろう。それはアフガンに伊藤君自身が根を下ろし取り組んでいかなければならないと言う決意にもつながる。そんな彼の想いは日ごとたくましくなる顔つきから汲み取れる。
彼の無念の死が無駄にならない為にも、少しでも多くの人が彼の想いを色々な方法で引き継いでいけたらと思う。写真展は19日(日)まで。是非時間のある方は行って見て下さい。
11日には初めてのなぎなたの昇段試験に臨んだ。会場は岡崎にある「武徳殿」。明治28年に建設されたこの建物の中に入るとそれだけで気持ちが自然と凛とする。実に日常の中の非日常。
今回は初めての試験で、「袴を履いてながなたを構えてたら受かるよ。」と言う先輩の言葉を鵜呑みにして気軽に臨んだのだが、実際の試験では普段の練習でやっていない課題が次々に出されて頭が真っ白。最初から最後まであがりっぱなしで終わってしまった。結果は一週間後の今日聞かされる。さてどうだか・・・?
2009年4月5日日曜日
花見日和
気が付けば時は既に4月!前回のブログ投稿から丸々3月が抜けてしまった。
今年は4月に入ってからが寒くて花見の時期が掴めない人も多いだろう。暖かかったり寒かったり雨だったり強風だったりと。そしてそのお天気に左右される仕事なだけに毎日の天気予報が気になる所だ。
気になると言えば北朝鮮の人工衛星の発射も気になる。今日なのか明日なのか、はたまた中止なのかと。
読売新聞編集手帳より
「しっかりと飯を食はせて陽にあてしふとんにくるみて寝かす仕合せ」という歌で「仕合せ」に感じているのは誰かと言えば「親」だろう。国家の主導者は国民の親も同然。国民を飢えさせ医薬品を行き渡らせることもできない国家主導者が他国をも不安に脅かすとは憤って憤りすぎることのない暴挙だ。
そしてそれが成功すれば腹をすかせた身で、あるいは病床で独裁者を称賛しなくてはならない人たちも哀れである。
本日4月5日(日)は朝から晴れ。花見日和の様だ。これが「発射日和」などとならぬよう祈るばかりだ。
今年は4月に入ってからが寒くて花見の時期が掴めない人も多いだろう。暖かかったり寒かったり雨だったり強風だったりと。そしてそのお天気に左右される仕事なだけに毎日の天気予報が気になる所だ。
気になると言えば北朝鮮の人工衛星の発射も気になる。今日なのか明日なのか、はたまた中止なのかと。
読売新聞編集手帳より
「しっかりと飯を食はせて陽にあてしふとんにくるみて寝かす仕合せ」という歌で「仕合せ」に感じているのは誰かと言えば「親」だろう。国家の主導者は国民の親も同然。国民を飢えさせ医薬品を行き渡らせることもできない国家主導者が他国をも不安に脅かすとは憤って憤りすぎることのない暴挙だ。
そしてそれが成功すれば腹をすかせた身で、あるいは病床で独裁者を称賛しなくてはならない人たちも哀れである。
本日4月5日(日)は朝から晴れ。花見日和の様だ。これが「発射日和」などとならぬよう祈るばかりだ。
2009年2月27日金曜日
旦那の不思議
さすが2月。おまけに雨の多い週で店は暇続き。ごそごそ掃除したり、新メニューを考えたり、旦那は珍しく読書をしたり。おいおいそりゃ雨も降るわ。
それでも有難いことにこの所、雑誌や新聞などの取材が多い。
以前はあんなにあったはずのジャズ喫茶が今や絶滅寸前。世の中の不景気のあおりを受けて絶滅するといけないと保護活動に乗り出した・・・のか?しかしせっかくの取材のチャンスを無駄にする訳にはいかない。
雑誌でも新聞でもその限られた数行に店側の思いと記者の思い。そしてその行間までもを読者に読ます事ができれば記事としては成功だろう。単に店の紹介で終わる訳にはいかない。そんな事を色々考え過ぎて言葉にならない私よりむしろ旦那のコメントがキラリと光る時がある。ん~これも年の功だろうか?何だか悔しい。
その他、旦那の不思議な所に「お習字がうまい」という、どうも似つかわしくない特技がある。
しかしその特技を見込まれてこれまでも何人かのお宅の表札や看板を書かせてもらった事もある。
接写に近い抽象写真も撮るが、写真でもお習字でも共通する事だと思うのだが、その構図が決め手。
用紙には見えないセンターラインがあって、上下左右、バランスのよい配置が重要だそうだ。全くの左右対称ならばシンメトリーだが、この場合は広重の版画に代表されるバランス感覚に近いのだと思う。これは旦那の実家が代々続いた日本刺繍を生業とした家の血筋だからかも知れない。
そこで旦那が一言「ジャズも同じバランスなんや。でも何故か日本のミュージシャンはセンターラインからなかなか離れられへん人が多いね。安全な所から離れられないって言うか・・・。演奏でぎりぎりの冒険で落ちる所がどのあたりかを知ればもっと大胆な演奏が出来るようになると思うんやけどな」と。
この話を聞いて、私は何一つ楽器が出来ないのであくまでも想像だが、もしも自分がミュージシャンだったらピッタリセンターライン横付けだろうと思う。予測のつかない未知の世界は恐いものだろうと思うから。
ただ、この旦那と連れ合いになった事が一番の冒険だったのかも。ああ恐ろしい~。
それでも有難いことにこの所、雑誌や新聞などの取材が多い。
以前はあんなにあったはずのジャズ喫茶が今や絶滅寸前。世の中の不景気のあおりを受けて絶滅するといけないと保護活動に乗り出した・・・のか?しかしせっかくの取材のチャンスを無駄にする訳にはいかない。
雑誌でも新聞でもその限られた数行に店側の思いと記者の思い。そしてその行間までもを読者に読ます事ができれば記事としては成功だろう。単に店の紹介で終わる訳にはいかない。そんな事を色々考え過ぎて言葉にならない私よりむしろ旦那のコメントがキラリと光る時がある。ん~これも年の功だろうか?何だか悔しい。
その他、旦那の不思議な所に「お習字がうまい」という、どうも似つかわしくない特技がある。
しかしその特技を見込まれてこれまでも何人かのお宅の表札や看板を書かせてもらった事もある。
接写に近い抽象写真も撮るが、写真でもお習字でも共通する事だと思うのだが、その構図が決め手。
用紙には見えないセンターラインがあって、上下左右、バランスのよい配置が重要だそうだ。全くの左右対称ならばシンメトリーだが、この場合は広重の版画に代表されるバランス感覚に近いのだと思う。これは旦那の実家が代々続いた日本刺繍を生業とした家の血筋だからかも知れない。
そこで旦那が一言「ジャズも同じバランスなんや。でも何故か日本のミュージシャンはセンターラインからなかなか離れられへん人が多いね。安全な所から離れられないって言うか・・・。演奏でぎりぎりの冒険で落ちる所がどのあたりかを知ればもっと大胆な演奏が出来るようになると思うんやけどな」と。
この話を聞いて、私は何一つ楽器が出来ないのであくまでも想像だが、もしも自分がミュージシャンだったらピッタリセンターライン横付けだろうと思う。予測のつかない未知の世界は恐いものだろうと思うから。
ただ、この旦那と連れ合いになった事が一番の冒険だったのかも。ああ恐ろしい~。
2009年2月8日日曜日
今年も節分
あれあれどうしましょう。時は既に2月、節分も終わり明日はバレンタインデー。2月は逃げる月と言うが、本当に時の流れが早い。
以前パートタイマーで近所のスーパーの惣菜加工部で働いていた事がある。
8時から12時までの4時間、時給820円。
主に寿司と弁当、サラダの加工をするが、時期によってはおはぎを作ったりもする。
しかし家で家族分をチョコット作るのとは訳が違い、その量の多さに最初の頃は驚きの連続だった。
巻き寿司200本、いなり寿司500個、うな重50パックにおはぎ300個作ってください。って・・・鰻まみれのあんこまみれ。もうこうなると食品が食品に思えなくなる。
で、それはいけない。やはり自分達が製品として店頭に並べる以上は責任をもって出さねば・・・と、あれやこれやと理由をつけては試食もよくした。毎日寿司食べ放題。何だかそうでもしないと自分達が気が付けば加工ロボットになってしまいそうで、そうそうチャップリンのモダンタイムスになってしまいそうな、そんな危機感すら感じる職場だった。
昨日久しぶりにその頃の同僚の人と会い、昔話に花が咲いた。いや、私にとっては昔話でも現在もその職場で働く彼女にとっては今現在の話なのだ。
いつ体を壊してもおかしくない大変な職場で繰り広げられるとんでもない加工量とドロドロの人間関係を楽しく可笑しく笑い飛ばす所はまさしくブルースの様。フランスの作家ルナール曰く「ユーモリストとは不機嫌を上機嫌にぶちまける人の事だ」と。このパートのおばちゃん達はまさしく極上のユーモリストだろう。
「血と骨」や「闇の子供たち」の作家・梁石日氏の特集番組がNHKの朝の番組でやっていた。
格差社会がますます巨大化し、底辺に暮らす人々にそのしわ寄せが集中している今、梁石日氏の目は、日本だけでなく世界に広がる深い闇を見つめ語っている。
その中においても不屈のブルース精神を忘れる事無く常に極上のユーモリストでいる事が苦境を乗り切る第一の手段。節分の頃には毎年あの職場で働いていた頃を思い出し今日も笑顔でがんばろうと心に刻む。
以前パートタイマーで近所のスーパーの惣菜加工部で働いていた事がある。
8時から12時までの4時間、時給820円。
主に寿司と弁当、サラダの加工をするが、時期によってはおはぎを作ったりもする。
しかし家で家族分をチョコット作るのとは訳が違い、その量の多さに最初の頃は驚きの連続だった。
巻き寿司200本、いなり寿司500個、うな重50パックにおはぎ300個作ってください。って・・・鰻まみれのあんこまみれ。もうこうなると食品が食品に思えなくなる。
で、それはいけない。やはり自分達が製品として店頭に並べる以上は責任をもって出さねば・・・と、あれやこれやと理由をつけては試食もよくした。毎日寿司食べ放題。何だかそうでもしないと自分達が気が付けば加工ロボットになってしまいそうで、そうそうチャップリンのモダンタイムスになってしまいそうな、そんな危機感すら感じる職場だった。
昨日久しぶりにその頃の同僚の人と会い、昔話に花が咲いた。いや、私にとっては昔話でも現在もその職場で働く彼女にとっては今現在の話なのだ。
いつ体を壊してもおかしくない大変な職場で繰り広げられるとんでもない加工量とドロドロの人間関係を楽しく可笑しく笑い飛ばす所はまさしくブルースの様。フランスの作家ルナール曰く「ユーモリストとは不機嫌を上機嫌にぶちまける人の事だ」と。このパートのおばちゃん達はまさしく極上のユーモリストだろう。
「血と骨」や「闇の子供たち」の作家・梁石日氏の特集番組がNHKの朝の番組でやっていた。
格差社会がますます巨大化し、底辺に暮らす人々にそのしわ寄せが集中している今、梁石日氏の目は、日本だけでなく世界に広がる深い闇を見つめ語っている。
その中においても不屈のブルース精神を忘れる事無く常に極上のユーモリストでいる事が苦境を乗り切る第一の手段。節分の頃には毎年あの職場で働いていた頃を思い出し今日も笑顔でがんばろうと心に刻む。
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